坂井泉水さんの美意識について (その2)

(1)まず、坂井さんの美に関連する言葉をご紹介します(他にもあるかもしれません。)。


★絶望(despair)
実は私はこの言葉にとてもアートを感じます。絶望の淵にいる時「美」が生まれるのではないでしょうか……。


★一瞬(moment)
形に残らないから愛しいのかなと思います。
Music Freak Magazine vol.75, 2001/2


前者は、絶望の果てにあってこそ、光が差し込んでくる。全ての望みが絶たれた時、美が生まれる、ということでしょう。

実は私も若い頃、病気でもう助からないと思った時、世界が輝いて見えた経験があるので、良くわかる気がします。
http://d.hatena.ne.jp/moon2/20091209


後者(一瞬というのは形に残らないから愛しい)例では、「お・も・ひ・で」の
♪まばたきをした 一瞬に思いだす あの都会(まち)
遠ざかる 大室山の夕暮れ 愛しき日々
が挙げられるでしょうか。「遠ざかる 大室山の夕暮れ」の中、まばたきした一瞬、主人公は都会を思い出します。でも、懐かしい都会の光景は余韻を残しつつもすぐに消えてしまいました。それが「愛しい」と。消えゆくものを愛しく思うことは日本人なら誰でもあることでしょう。「お・も・ひ・で」は懐かしさに満ちたポジティブな内容で、「愛しさ」に溢れた曲と言えると思います。


外国人だって消えゆくものを愛しく思うのでは?と思われる方も居られると思います。高階先生は別の論考で伊勢神宮と西洋のノートルダム聖堂の建て替えを比較して、伊勢神宮は20年に1回これまでと全く同じ用材、寸法で寸分違わず建て替えられる(式年遷宮)のですが、ノートルダムの方は19世紀の修復が加えられたものということが歴然としているのだ、と。下記は高階先生の論考を詳しく紹介してくれているので是非お読みください。

http://artworkaqua.blog.fc2.com/?no=24


これを読む限りでは、西洋人には壊していく古い建物を愛しむ感覚というものがないのでは?と思えます。もちろん、英国人始め西洋人は古いものを愛して大切に使うという文化的伝統を持っていますが、それは消えゆくものを愛しむという感情とは違うように思います。


一方、日本人が桜を好むのは、散っていく桜を惜しむ気持ちからだという話しはよく目にします。そのことをよく示している西行の有名な「願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」という歌について、下記をご参照ください。「桜散りゆくように それが答えだと思う」という印象的なフレーズがあるZARDの「君とのふれあい」が出てこないのは不満ですが(笑)、少なくとも私はとても面白いと思いました。

http://s.ameblo.jp/shirokanedai5/entry-10249591883.html


以上から、消えゆくものを愛しむという感情は西洋人には乏しいけれど、日本人は強く持っていると結論付けることができると思います。


なお、ここで「愛しい」ですが、「大事にして、かわいがりたくなるさま(goo辞書)」(excite、Yahooもほぼ同じ)とされていますが、Weblio類語辞書では「相手に親愛の情や慈しみをもっている様子」と細かなニュアンスを伝えています。
http://thesaurus.weblio.jp/


この「愛しい」にある「親愛の情や慈しみ」は日本人の美意識の根底にあるものですから、「愛しさ」は坂井さんの美意識のベースの一つであって、日本人の美意識と坂井さんの美意識はしっかり繋がっていると言えるのではないでしょうか。


(2)次に、 歌詞からのアプローチを試みてみます。ところが、ドンピシャの歌詞の楽曲を見つけることは非常に困難だということがわかりました。考えてみれば、坂井さんが歌詞で「美しい」とか「綺麗だ」とか、ストレートに表現されることは稀で、もっと婉曲に、あるいは比喩のように暗示的に詞を作られるでしょうから、当然なのかもしれません。


その数少ない例外と言えるのが「ハートに火をつけて」と「pray」です(他にもあるかもしれません。)。


「ハートに火をつけて」では、
♪留まることのない時間
だからこそ いとおしい
と歌われます。


まず「留まることのない時間」は、有名な方丈記冒頭の「行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」を連想させますが、このフレーズの無常觀、儚さ故に「いとおしい」のです。


次に「pray」ですが、
♪いつも変わりなく動き始める世界は
すべてがはかない
と強烈な無常観が表現されています。

ただし、歌詞を読んでいただければわかりますが、この歌は昔の回顧、「懐かしさ」の感覚がベースになって最後に夢が叶うという、救いのある歌になっています。



(3)次に、歌詞の語句の追究はとりあえずここまでにして、楽曲が(坂井さんの美意識に繋がる)「映像」を喚起するか、を見てみたいと思います。坂井さんはデモテープからまず映像を思い浮かべ、それを詞へと結晶させていくというプロセスをとられることが多いからです。


真っ先に私が思い浮かべたのが「永遠」の「キラキラとガラスの粉(かけら)になって」というところです。
このイメージには日本人の美意識の特徴である「小さなもの」への愛着が良く表れていてとても美しいと思います。


また、「明日を夢みて」の「僅かに木漏れ日が揺れる」というフレーズも美しく、とてもインパクトがあります。こうした細やかな表現は日本人の美意識に根ざしているのではないでしょうか。



(4)結論

以上から、坂井さんの美意識は確実に日本人の美意識に根ざしたものであると結論付けることができると思います。




実は、歌詞の調査はまだまだ不十分です。追加すべきものがあれば追加します。
皆さんもこれはという作品があれば、書き込んでください。
よろしくお願いします。


moon