言葉にするということ

言葉にしなければ足早にすりぬけられたであろう不幸をも拾い、その感触を肌に刻み込む。・・・幸福もまた然り。


直木賞を受賞された森絵都さんは、「ものを書くということ」についてこう語っている(毎日新聞2006.8.1夕刊)。なるほどなー、と思ってしまった。


言葉にしなければ見過ごされてしまうであろう不幸や、やがて本人にすら忘れられてしまう幸福を言葉によって固着しようとすること。あるいは、すぐに冷めてしまう感動や興奮の熱をできるだけ「生」に近い形で瞬間冷凍すること。おそらく、それは詩作においても同じだろう。


森さんと比べるべくもないが、私がZARD、とくに坂井泉水さんの歌について書こうと悪戦苦闘するときの感覚は、それに少し似ていなくもない。「良いね」で終わらせることなく、まだ曖昧でぼんやりした感情を言葉にしようとすること。その感情が次第にクリヤーな輪郭を持ち始め、最終的に「その感触を肌に刻み込む」までに至ることができれば最高なんだが、なかなか・・・(笑)。


私はZARDが好きだが、「良いものは良い。好きなものは好き。」というのではなく、あえて何故好きなのかを書きたいと思っている。何故愛しているのかの理由を書くことのように、それがヤボなことだとわかってはいるのだが(笑)、言葉にすることで、時間が経っても追体験したり追想したりすることができるから。