「翼を広げて」と「愛は暗闇の中で」

翼を広げて/愛は暗闇の中で(初回限定盤)(DVD付)

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「翼を広げて」を聴いたとき、坂井泉水さんの声に新鮮な衝撃を受けた。
坂井さんの国宝級の声の素晴らしさについては今更言うまでもないけれど、極端に感情を表に出す歌唱スタイルではないから気付きにくいが、曲によって力強く歌ったり、可愛らしく歌ったり、いろいろな声を使い分けている。


DEENの「翼を広げて」にコーラス参加している坂井さんの力強い声とは全く違う情感に溢れた声。伝わってくる温かく優しい波動。これは私が以前ジャニス・ジョップリンの「ミー・アンド・ボビーマギー」を聴いたときの不思議な感動を思い出させてくれた。


歌詞も素晴らしい。愛していた人が(この場合は失恋ではないと思うが)旅立つとき、辛い別れにエールを送るという切なさが堪らない。今でも彼女を愛しているのだが、あえて「愛してたよ」と過去形で表現したところに、過去の思いを断ち切り、エールを送ろうとする強い意志を感じる。


「翼を広げて」というタイトルも、大きさと未来への夢を視覚的に感じさせ、旅立ちにピッタリだ。元々、私はこの曲が大好きで、「あなたと共に生きてゆく」とともにセルフカバーを熱望していたから、こういう形であれ作品を聴けることは素直に嬉しい。



「愛は暗闇の中で」。元々ハードな曲だったが、Siyonさんのアレンジとギターワーク、上木さんのボーカルで更に強烈なハードロックに仕上がった。これはこれでとても素晴らしい。


坂井さんが追加されたという手書きの4行も興味深い。「時は人の気持ちより速く過ぎる」は「もう逃げたりしないわ想い出から」にも出てくるから、追加したのはそれ以前なんだろうな・・・。「日よう日は彼女にあげる」は三角関係。「生きているかぎり朝が来る」は希望の暗示かな・・・。


この部分は上木さんひとりで歌っているはずなのに、全体の中であまり違和感を感じない。他の大部分で坂井さんのボーカルに上木さんのボーカルを重ね、時によっては上木さんのボーカルを前面に出し、その他私には分からない様々な技術を駆使して、違和感を持たせないようにしているのだろう。そうしたスタッフの努力は並大抵のものではなかっただろう。


しかし、である。スタッフの努力が実を結ぶほど、私にとっては坂井さんは遠くなっていく。何とも悲しいアイロニーだ。事情を知らない人が聴けば、この曲は上木さんの曲だと思うかもしれない。


Siyonさんも素晴らしいし、上木さんも素晴らしい。スタッフも頑張った。しかし、坂井さんは希薄なのだ。もちろん、坂井さんが追加した4行を何とか生かしたいというプロデューサーの気持ちは痛いほどわかる。しかし、ボーカルを別の人で代用することは決してして欲しくない。坂井さんの代わりは居ない。それは越えてはならぬ一線だ。別の人が歌うなら、ZARDではなくその人の歌として出すべきと思う。


私としては、追加4行は紹介するだけにして、コナンのテレビ版の主題歌のように、Siyonさんのアレンジに坂井さんのボーカルを乗せるというところで踏みとどまって欲しかったと思っている。