東京のソメイヨシノはもう散ってしまったが、今年は花期が長く、花見には何カ所か行くことができた。なかでも、お堀の両岸を埋めつくし、水面も花びらがピンク色の波となって揺らめく千鳥が淵の豪華絢爛さは圧巻だった。
こうした大景観の華麗な桜も良いが、たとえ1本であっても桜は美しい。桜に日本人は様々な思いを感じてきたが、それは薄紅色に咲き誇る花の向こう側に、散ってしまう花の儚い運命、無常が透けて見えるからだ。それが桜の本当の美しさだと私は思う。
願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃
(西行。「花」とは「桜」のこと。)
坂井泉水さんは散っていく桜に、楽しかった思い出と別れを見ていた。
ささやかな約束… もしそこで待っていてくれなかったら
桜散りゆくように それを答えだと思う
<君とのふれあい(アルバム「君とのDistance」所収>
こんなことを考えながら桜を見ていると、坂井さんが闘病の日々を送られた病院に桜があったのだろうか。どんな思いでご覧になったのだろうかという疑問が浮かんだ。今の季節でないと確認できないと思うと、矢も楯もたまらなくなった。
何とか桜がまだ盛りだったある日の夕方、行くことはないと考えていた場所に行った。そこからは、駐車場の向こう側に数本の桜が見事な花をつけているのが見えた。