歌うこと、伝えること

「私はいつも本当に言葉を、詞を大切にしてきました。音楽でそれが伝わればいいなと願っています。」


言うまでもなく、2004年ライブで坂井泉水さんが言われた言葉である。私はこれまで、これを言葉を大切にするという坂井さんのメッセージだと考えてきた。よく「ZARDの歌詞がいい」と言われることに対する自負心もそこに窺えるだろう。


そうした見方が間違っているというわけではないが、むしろこのメッセージの後段にある「伝える」ということの重要性にもっと注目するべきではないか、ということを最近考えるようになった。それについて書いてみたい。


坂井さんにとっては、まず「伝えたいこと」があって、その表現手段として「音楽」がある。つまり、大切なのはうまく歌うとか、感情をこめて歌うということよりも、「聴く人に一番伝わるように歌う」ことなのだ。「歌いたいから歌う」のではなく、「伝えたいから歌う」ということである。
「歌いたいから、歌が好きだから歌う」ということなら、坂井さんは「普通の」歌手で終わってしまっただろう。つまり、これは非常に重要な点なのではないだろうか。


私の考えでは、坂井さんがよく仰っていた「感情をこめ過ぎないように歌う」という抑制されたボーカル・スタイルは、そうした音楽観がベースにある。
「感情を込めて歌ったものが、必ずしも聴く側に一番伝わるとは限りません。」(オリコン・ウィークリー1992年8月3日号)


坂井さんは「歌の表情やニュアンスを何よりも大切に」されたという(「きっと忘れない」p40、島田勝弘さん)。恐らく、感情をこめ過ぎると微妙な表情が失われて平板になってしまい、伝えたいものが伝わらなくなるからだろう。また、ギリギリまで言葉を探されたのも、聴く人に「一番伝わる言葉は何か」を考え続けられたからだ。


つまり、「伝える」ということが坂井さんのボーカル・スタイルの選択や、詞作や制作への考え方(こだわり)におけるいわば基本にある。しかも、前述のオリコン・ウィークリーのインタビュー時期を見れば、「伝えること」を何より大切にするという音楽観が早い段階で形成されたことがわかるが、それは生涯いささかもブレることはなかった。


「私はいつも本当に言葉を、詞を大切にしてきました。音楽でそれが伝わればいいなと願っています。」という短いメッセージは、坂井さんの音楽活動がギッシリ詰まった言葉なのだと思う。